仙台高等裁判所 平成9年(ネ)164号 判決 1997年10月29日
第一審原告(第一三九号事件被控訴人兼第一六四号事件控訴人)
山口正
右訴訟代理人弁護士
藤田紀子
同
山田忠行
同
吉岡和弘
同
新里宏二
同
鈴木裕美
同
門間久美子
同
長澤弘
同
齋藤拓生
同
岩渕健彦
同
小野寺友宏
同
豊田耕史
第一審被告(第一三九号事件控訴人兼第一六四号事件被控訴人)
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
鈴木政志
第一審被告(第一三九号事件控訴人兼第一六四号事件被控訴人)
永見浩
右両名訴訟代理人弁護士
松倉佳紀
主文
一 第一審原告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告らは、第一審原告に対し、各自金三四二九万九三一一円、並びに第一審被告野村證券株式会社は内金三三九九万六二八一円に対する平成五年二月四日から及び内金三〇万三〇三〇円に対する同月一一日から、第一審被告永見浩は右金三四二九万九三一一円に対する同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第一審原告のその余の請求を棄却する。
二 第一審被告らの本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を第一審被告らの、その余を第一審原告の各負担とする。
四 この判決第一項1は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 第一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
2 第一審被告らは、第一審原告に対し、各自金四九五七万〇四四五円及びこれに対する第一審被告野村證券株式会社は平成五年二月四日から、第一審被告永見浩は同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。
4 2につき仮執行宣言
二 第一審被告ら
1 原判決中、第一審被告ら敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
第二 事案の概要
次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四頁末行の次に改行して次のとおり加える。
「本件の争点は、無断売買、説明義務違反等第一審原告主張の右取引の違法性の有無、並びに右取引が違法であった場合の損害額及び過失相殺の要否・割合である。」
二 五頁四行目の「卒業後」を「卒業し、昭和四六年に結婚後」に、九行目の「夏ころ」を「六月末」に、九、一〇行目の「六月ころ」を「五月末」にそれぞれ改め、一〇行目の「支店」の次に「営業課」を、末行の「被告会社との間に、」の次に「昭和五一年ころから証券取引があったところ、」を、六頁五行目の「権利行使期間」の次に「(それぞれ平成五年一月一二日及び同年二月二四日)」をそれぞれ加え、別紙ワラント売買一覧表2の「在原製作所ワラント」を「荏原製作所ワラント」に、同表41の「日本ビジネスワラント」を「日立情報システムワラント」にそれぞれ改める。
三 八頁一行目の末尾に「また、プレミアムが大きく将来のある程度の値上がりを織り込み済みの場合、株価が上がっても必ずしもワラントが上がるとは限らず、逆に、権利行使期限が近づいている場合、株価が権利行使価格を上回る見込みが薄ければ多少株価が上がったとしてもプレミアムは当然には上昇しないからワラントも値上がりしない。したがって、プレミアムのある程度の理解なしにはワラント取引はできないのである。」を加え、一一頁七行目の「流通性を失うことになる。」を「流通性を失うことになり、実質的、経済的には、右のようなワラントの大部分は権利行使期間一年未満でほぼ無価値となってしまう。」に、一三頁二行目の「六月ころ」を「五月末」にそれぞれ改める。
四 二五頁末行の次に改行して次のとおり加える。
「仮に、第一審原告に落ち度があったとしても、第一審被告永見はそのような落ち度を積極的に利用して多数回のワラント売買を繰り返し、その結果第一審原告に多額の損害を生じさせるとともに、第一審被告会社に推定で少なくとも二二〇〇万円以上の利益をもたらしたものであること、第一審被告会社から第一審原告に送付された本件取引の報告書は証券の種類さえも正確に知り得ない内容になっており、具体的な損益状況は全く表示されていないものであって、雅子において第一審被告永見が第一審原告宅に訪問した都度損が出ていないか確認したのに対し、第一審被告永見は損はないと答えていたので、第一審原告らはそれを信頼していたもので、決して損益状況のチェックまで怠ったわけではないことなどに照らすと、第一審原告の落ち度と比較して、第一審被告らの過失ははるかに大きい。」
五 二六頁二行目の「①背任的取引、②無断売買」を「①無断売買、②背任的取引」に改める。
六 二九頁二行目の次に改行して次のとおり加える。
「ワラント投資と株式投資はいずれも株価の上昇期待に投資するものであって、両者の違いはワラントが期限付きの新株引受権であるという点で、権利行使期限を経過すれば無価値になるという「権利消滅リスク」と、株式に比較して上昇する場合にも下落する場合にも価格変動が激しいという「価格変動リスク」を持つということであり、この点がワラント投資を行うに当たり重要な要素であるといえるところ、これを踏まえればそれ以外の点においてワラントの投資判断と株式の投資判断との間に極端な差があるものではない。また、ワラントは、基本的には株価の動きに連動し、株価と権利行使価格との関係、権利行使期間、需給関係、銘柄の人気の度合いや株式の上昇期待等を要素に形成されるものであるが、そもそも株式の価格形成自体がその企業の業績から一義的に定まるものではなく、国内外の経済社会情勢、市場全体の相場状況、需給関係、銘柄の人気の度合い等様々な要因に基づいていることに鑑みれば、ワラントの価格形成が株式の価格形成に比べて特に複雑であるとはいえない。ワラント投資の本質は、当該株価の上昇に期待して株式よりも有利な収益を求め、その反面株式よりも大きなリスクを負うことに尽きるのであって、それ以上にワラントの商品性について詳細な知識及び理解までなければ取引ができないわけではない。
(3) 株価が権利行使価格を下回っている場合、ワラントの理論的な価値はないが、権利行使期間内であれば、将来株価が上昇する可能性自体は常にあるのであって、プレミアムが生じてワラント価格が形成され、その価格でワラントは流通するため、権利行使期間前の流通段階においても全く無価値になることはない。」
七 三二頁九、一〇行目及び三七頁五、六行目の「一三〇四万八〇〇円」をいずれも「一三〇四万二八〇〇円」に改める。
八 三八頁末行の次に改行して次のとおり加える。
「3 説明義務について
証券取引の判断はあくまで投資者の自己責任においてなされるべきものであり、仮に、証券会社及びその従業員に私法上の義務を課すことができるとしても、その義務はせいぜい投資者の情報収集を不当に妨げたり、誤らせるような行為をしてはならないという限度での不作為義務にとどまると考えるべきであって、これを超えて一般的に説明義務あるいは顧客に理解させる義務などという作為義務を導き出すことはできない。
仮に、説明義務を認めるとしても、第一審被告永見のした説明は、「ワラント取引とは新株引受権の売買であり、新株引受権とは一定の価格で一定の数量の株式を一定の期間に購入できる権利であること、特色として株式の何倍もの上下があるハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になってしまう」というもので、必要かつ十分なものであって、その義務は果たしており、社会的相当性を逸脱したものと評価するべきではない。」
九 三九頁一行目から三行目までを削る。
第三 証拠関係
原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 本件取引の経過について
証拠(甲八三ないし八八、乙一ないし六、七の一・二、一五の一・二、一六ないし二〇、二一の一・二、二二、二三、二四の一ないし一四二、二五ないし三一、三二ないし三四の各一ないし四、三五ないし三七、四四ないし四六、四六七、四六八、調査嘱託、証人坂智康、同山口雅子、第一審原告本人、第一審被告永見浩本人。第一審原告が成立を否認する乙四、七の一・二、二一の二、二三、二六、三二ないし三四の各二・三、三五、三七、四四については、いずれも甲八七、八八、乙三二ないし三四の各四により控訴人又はその妻雅子が署名(乙三三の三を除く。)、押印したものであることが認められ、このことと各書面の体裁等から、いずれも成立が認められる。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 第一審原告は、昭和五一年ころから第一審被告会社盛岡支店を介して社債、国債、株式等の証券取引をするようになり、昭和五六年四月ころから昭和六二年三月ころまでの間に信用取引を行ったことがあるほか、第一審被告会社以外の証券会社とも家族名義を含めて証券取引を行っていた。
第一審原告は、その経営する山口商店の売上がある程度まとまったところで第一審被告会社担当者に現金を渡し、証券取引による資産の運用を図ってきたもので、平成三年六月ころまでに預けた現金の合計は約八〇〇〇万円ほどに達していた。
第一審原告は、第一審被告会社との取引を妻の雅子に委ね、第一審被告会社との交渉や取引の承諾をするのはほとんどの場合雅子であり、第一審被告永見を初めとする第一審被告会社担当者においても、雅子が第一審原告から一任されてこれを代理して第一審被告会社との取引をしているものと認識しており、したがって、第一審原告本人と直接接触することはほとんどなかった。
2 第一審原告は、株式等投機性のあるものの取引は運用資金の一部分にとどめ、主として投資信託を中心とする安全性の高い証券取引をしていたもので、取引の態様は、第一審被告永見が担当する前から、第一審被告担当者から雅子あてに電話をかけて情報を提供し、雅子が取引を承諾するというものであったが、雅子は、第一審被告会社が最大手の証券会社であり、主として安全確実なものをとの要望に沿った銘柄紹介、運用がされてきたことから、第一審被告担当者の勧めるままに取引に応じており、取引を一任しているのと実質的に変わりのないような状況であり、第一審被告担当者においてもそのように認識していた。
第一審原告は、昭和六〇年ころ、第一審被告会社との証券取引で六〇〇万円ほどの損失を被ったことがあったが、その時にも、第一審被告会社担当者の言を信用し、損失を被った取引(信用取引と推認される。)についてとりたてて確認もせずに、第一審被告会社との取引を継続していた。
3 第一審被告永見は、昭和六二年八月ころ、第一審原告に投資効果をあげるためにワラントへの投資を勧めることとし、第一審原告方(自宅兼山口商店店舗)に電話及び訪問して、第一審原告及び雅子に対し、ワラント取引とは新株引受権の権利の売買であり、新株引受権とは一定の価格で一定の数量の株式を一定の期間に購入できる権利であること、特色として株式の何倍もの上下があるハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になってしまうことなどワラントについての一応の説明をし(それ以上にパリティやプレミアム、ワラントの価格形成等の説明はしなかった。)、比較的安全性の高い投資信託を主体とした上で、投資効果を上げるためにワラントを組み込むことを勧めたが、第一審原告がこれに応じるまでには至らなかった(その際、第一審被告永見がワラント取引についての資料を示し、又は交付したことについては、これを認めるに足りる証拠はない。また、第一審被告永見においても、右説明は十分ではなかったと思うと供述している。)。
4 第一審被告永見は、同年九月二九日、第一審原告方に電話して、雅子に対し、住友化学ワラントの銘柄を紹介し、購入を勧め、右ワラントの購入並びに当時第一審被告会社が保護預かりしていた証券類の中から八十二銀行及び北海道電力の転換社債を売却した代金を買付資金とすることの承諾を得て、第一審原告に対して、右ワラントについて原判決別紙ワラント売買一覧表(以下「別表」という。)1の買付欄記載のとおり売却した(第一審原告及び証人雅子は、右電話の応対自体を否定し、第一審被告永見は、第一審原告と電話で応対したとするが、前記取引状況、以下の事実に照らし、電話の応対の相手方は雅子であり、雅子がその内容の詳細をどの程度理解したかは別として、右承諾をしたものと認める。)。
右取引に際して、第一審原告から第一審被告会社に対して、同日付けで、いずれも雅子が第一審原告に代わって署名、押印した外国証券取引口座設定約諾書(乙四四)及び源泉分離課税の選択申告書(乙三七)が提出された。
第一審被告会社は、右売買後、第一審原告に対し、右取引に係る外国証券取引報告書(乙二四の一。なお、右報告書には、権利行使期日が償還日として記載されている。)を送付したが、これは、顧客に対して、取引の事実を確認するため取引内容を記載した書面であり、もし相異があった場合には取引店の総務課長まで直接連絡するよう記載されていたが、第一審原告から苦情等の連絡はなかった。また、第一審被告会社は、右取引報告書とともに「ワラント取引の『ご案内』」と題する書面(乙二五又は乙四六七の四枚目と同様のもの)を同封して送付したところ、右書面には、権利行使期間が経過すると無価値になることなどのワラント取引に関する基本的事項についての説明が記載されていた。
5 第一審被告永見は、同年一〇月のいわゆるブラックマンデーによって株式等の市況が急落し、その後も不安定であったことから、その後、第一審原告にワラントの購入の勧誘をすることを控え、また、第一審原告が購入した前記住友化学ワラントについても、電話で雅子の承諾を得て、別表1の売付欄記載のとおり売却(第一審被告会社が買受け)した。
6 第一審被告永見は、昭和六三年四月になって再び第一審原告に対するワラント勧誘をすることとして、従前と同様に電話で雅子の承諾を得て、別表2のワラントを売買した。
第一審原告から第一審被告会社に対して、同月一九日ころ、雅子が第一審原告に代わって署名、押印した「ワラント取引に関する確認書」と題する書面(乙四)が郵送で提出されたが、これには「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と記載されていた。右確認書は、平成元年五月に作成された「ワラント取引説明書」(乙三)によれば、その最終頁から切り取って提出する様式になっているが、雅子が確認書を提出した際のワラント取引説明書の内容は明らかでなく(これを認めるに足りる証拠はない。)、かつ、右確認書提出の経緯も明らかでない(第一審被告永見において、郵送で提出されたこと以外に具体的な供述ができない。)。
7 その後、第一審被告永見は、平成三年三月まで、その都度電話で雅子の承諾を得て、別表記載のとおりワラントの売買をした。右ワラントの購入資金は、そのほとんどがワラントその他の証券の売却代金(他は定期的に集金していた現金)であり、第一審被告永見がワラント購入のために新たに資金提供を要請したことはなかった。また、右電話では、第一審被告永見において、推奨銘柄について発行会社の業績や株式の値動きについての見通しを告げる程度の簡単な説明をし、雅子の承諾を得ていたもので、その際、雅子は、第一審被告永見に対し質問をしたり、売付及び買付の勧誘を断ったりしたことはなく、第一審被告永見の勧誘するままに取引に応じていたものであり、雅子から売買の指示をすることは全くなかった。第一審被告永見は、その間、雅子に対し、ワラント取引で損失が累積していることを伝えたことはなく、雅子においても、損が出ているとは認識していなかったため、右のとおり取引に応じていた。
以上のワラント売買の都度、第一審被告会社は、第一審原告に対して、前記4と同様に外国証券取引報告書(乙二四の二ないし一四〇)及び「ワラント取引の『ご案内』」と題する書面(第一審原告の買付の場合のみ)を送付したが、第一審原告から苦情等の連絡はなかった。
8 第一審被告会社は、平成二年一一月ころ以降の毎月末ころ、第一審原告に対して、当該月間の取引明細、証券残高等を記載した口座明細報告書(月次報告書。乙一八ないし二〇、二一の一、二二)及び第一審被告会社が顧客から預かっている金銭と証券の残高を記載し、その内容に相違ない旨を顧客が回答する様式の回答書を送付(右回答書は六月及び一二月末に同時送付)しており、右口座明細報告書には、内容を確認して不明の点については取引店総務課長あてに問い合わせてくださいと記載されていたが、第一審原告からは問い合わせはなかった(もっとも、同報告書の記載からでは取引による損益状況、預り証券の時価評価は分からない。)。そして、雅子は、第一審原告名義で、第一審被告会社に対し、同年五月七日付け及び平成三年一月二四日受入の各回答書(乙二三及び二一の二)を提出しているが、前者には、平成二年三月二〇日現在の残高として別表30、32及び33の三銘柄ワラントが、後者には、同年一二月二八日現在の残高として別表62下欄、63及び64の三銘柄のワラトンがそれぞれ記載(ワラントについては「公社債等」の種類欄に銘柄、数量のみ)されている。
また、第一審被告会社では、顧客がワラントを買い付けた場合に預り証を交付し、そのワラントを顧客が売却する際には右預り証を回収する扱いをしていたが、第一審原告は、別表4の日商岩井ワラント、7の三協アルミワラント及び12の本田技研ワラントをそれぞれ売却した際の三回にわたって各預り証を紛失した。預り証を喪失した場合には、顧客は、第一審被告会社に証券喪失届を提出し、その後最終的に証券が見つからない場合に念書及び印鑑登録証明書を提出して、第一審被告会社において預り証を再発行することとされており、第一審原告は、右三回にわたり、自ら(日商岩井ワラントに係る念書のみ)又は雅子が証券喪失届及び念書(乙三二ないし三四の各二・三)に署名(ただし、三協アルミワラントに係る念書は第三者が署名)、押印(証券喪失届については届出印、念書については届出印及び実印)して、印鑑登録証明書とともに第一審被告会社に提出した。
なお、第一審被告会社では、平成二年二月ころ以降、三か月毎(二月、五月、八月、一一月の各月末)に、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題し、当該月末の外貨建ワラントの残高、その買付時の明細、時価評価額・損益を記載し、裏面には「ワラント(新株引受権証券)取引についてのご案内」と題し、ワラント取引に関する基本的事項を記載した書面を顧客あてに送付することにし(原則すべて顧客へ郵送するが、機関投資家等に限り、部店長の判断で顧客への交付を省略してもよい取扱いであった。)、第一審原告に対しても、平成三年八月分以降は作成、送付された(乙二七ないし三〇。なお、それ以前の分が作成、送付されたことを認めるに足りる証拠はない。)。
9 第一審被告永見は、平成三年六月に転勤することになったため、同年五月二〇日、後任の坂とともに引継ぎの挨拶のために第一審原告方を訪れ、応対した雅子に坂を紹介し簡単な引継ぎをしたが、本件取引で損失が累積していることなどには全く触れなかったため、雅子は、第一審被告永見にそれまでの取引について礼を述べた。その際、雅子は、同月一七日現在の証券取引残高についての二枚の承認書(乙七の一・二)の各葉に第一審原告名義で署名、押印して第一審被告会社あてに提出したところ、その書面二枚目の末尾に別表62下欄、63、65及び66の四銘柄のワラント(銘柄及び数量のみ)が記載されていた。
10 雅子は、同年六月に入って、絵画の購入資金として現金二七〇万円ほどが必要になったので、坂に対し、その旨話して手持ちの証券のうちから何かを売って現金を持ってきてほしいと電話した。そこで、坂は、第一審原告保有の証券を確認して、同月一八日、雅子に電話して、石川島ワラントと大京ワラントを株価が下がっていたので売却するよう勧めたところ、雅子からいくらの金額になるか尋ねられたので、だいたい八〇〇万円の損が出ていることを伝えた。これに対し、雅子は、損が大きすぎるのでもう少し損の少ないものを換金したいと言ったので、坂がワラントを長く持っていても悪くなる一方であると説明したところ、雅子は、右各ワラントの売却を承諾した。
坂は、別表62下欄及び66のワラント売買をし、同月二一日、第一審原告方に現金を持参して、雅子に渡した。その際、雅子は、改めてワラント取引でだいぶ損が出ていることを聞かされ、坂に対し、預り証券の残高(時価評価)を教えてほしいと依頼した。
11 その一、二週間後、坂は、雅子のもとへ預り証券とその残高(時価評価)を記載した書面を持参したところ、雅子は、預り証券残高が約四八〇〇万円しかなかったことから、坂に対し、今まで八〇〇〇万円は預けているはずなのになぜ四八〇〇万円しかないのか納得できないとして、上司を連れてくるように言った。
さらにその一、二週間後、坂と第一審被告会社盛岡支店の森脇営業課長が第一審原告方を訪問したところ、第一審原告と雅子が応対し、雅子は、第一審被告永見を信頼して預けていたのに大きな損を出したことについて不満を述べ、第一審被告永見を連れてきて謝るよう求めた。第一審被告会社は、第一審原告に対し、前記8と同内容の平成三年六月二八日現在での口座明細報告書及び回答書(乙一五の一・二。右10のワラント売買及び別表63及び65のワラント残高が記載されている。)を送付していたところ、第一審原告は、同年七月末ころ、右回答書(乙二六)に自ら署名、押印して第一審被告会社に郵送した(同月三〇日到達)。
同年一〇月一日、森脇課長及び坂とともに第一審被告永見が第一審原告方を訪問したところ、雅子は、第一審被告永見を信頼して預けていたのにこんなに損をした、安全な商品で運用してくれと何回も言っていたではないか、取引をするときも連絡がなかったなどと言ったのに対し、第一審被告永見は、ちゃんと連絡したと応ずるなどのやり取りがあった。また、森脇課長が取引報告書を送っているが見なかったのかと言うと、雅子は、取引報告書を見ないよりも無断売買する方がもっと悪いではないかと言い、さらに、同席していた第一審原告は、第一審被告会社から郵便が来るたびに雅子に大丈夫かと聞いたところ、雅子が第一審被告永見は信頼できるので大丈夫だと答えていた、第一審被告会社として誠意ある対応を考えてきてほしいと言った。
二 ワラントについて
ワラントについての事実認定は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」二記載(原判決六一頁七行目から六六頁五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決六一頁八行目を「証拠(甲六五ないし六八、九四、九五、乙三、第一審被告永見本人)及び弁論の全趣旨」に改め、六二頁一〇行目の末尾に「。」を加える。
2 六四頁六行目の末尾に「また、プレミアムが大きく将来のある程度の値上がりを織り込み済みの場合、株価が上がっても必ずしもワラントが上がるとは限らず、逆に、権利行使期限が近づいている場合、株価が権利行使価格を上回る見込みが薄ければ多少株価が上がったとしてもプレミアムは当然には上昇しないからワラントも値上がりしない。」を加える。
3 六五頁一行目の「権利行使期間の制約がある。」を「事実上流通性を失って、売却できなくなり、権利行使期間経過前でもほぼ無価値となってしまうことがある。」に改める。
三 本件取引の違法性について
1 無断売買
無断売買についての判断は、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」三1(無断売買)記載(原判決六六頁七行目から七一頁七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決六六頁八行目から六七頁一行目まで((一))を次のとおり改める。
「(一) 前記一認定の事実によれば、第一審原告は、第一審原告名義で第一審被告会社と証券取引をすることを雅子に委ねていたもので、本件取引はいずれも雅子の事前の承諾を得て行われたものであるから、本件取引が無断売買であったということはできない。」
(二) 六八頁六行目の「注文がなされた」を「注文がされたように受注日時が打刻された」に、六九頁四行目の「説明しているほどの商品であるから」を「説明している商品でもあるから」に、七〇頁二行目の「第三の一1(三)」を「一2」に、八行目の「平成三年の法改正」を「平成三年法律第九六号による改正」にそれぞれ改める。
2 背任的取引
本件取引は、個々のワラント売買取引からなるところ、前記一3ないし7認定の事実によれば、第一審被告永見は、本件取引に先立ち第一審原告(雅子を含む。以下、雅子を含む場合には、「(雅子)」と付記する。)に対しワラント取引についての一応の説明をし、その後の個々の本件取引についてもその都度雅子の承諾を得てしたものであるから、本件取引が第一審原告の金銭預託の趣旨に反するということはできないし、また、別表のとおり買い付けたワラントを極めて短期間のうちに売却して損失を出した取引が多数存在するが、利益を出したワラント取引についてもいずれも短期間のうちに売買をしたものであるし、ワラントが権利行使期限のあるハイリスク・ハイリターンの商品であって、買い付けたワラントが予想したとおりに利益が上がらないと判断した場合には、むしろ早めに売却して損失の拡大を防ぐことが考えられる(第一審被告永見本人)ものであるから、短期間のうちに売買を繰り返したことをもって、直ちに第一審被告らがスプレッドを得るために過当回転売買(チャーニング)を行ったとまでは認めることはできず、背任的取引ということはできない。
したがって、背任的取引であるとの第一審原告の主張は採用できない。
3 説明義務違反
(一) 説明義務についての一般的判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三当裁判所の判断」三3(説明義務違反)(一)記載(原判決七二頁一〇行目から七七頁一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
原判決七四頁二行目の「旧証券」から四行目の「一条」までを「証券取引法五〇条一項一号、六号(平成三年法律第九六号による改正前の五号)、一五七条二号(平成四年法律第七三号による改正前の五八条二号)、昭和四〇年大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一号(平成三年大蔵省令第五五号による改正前の一条一号)」に、一〇行目及び七五頁一行目の「日本証券業会」をいずれも「日本証券業協会」に、二行目の「(公正慣習規則)九号」を「(公正慣習規則第九号)。甲六五」にそれぞれ改める。
(二) そこで、本件取引における第一審被告永見の勧誘行為が右注意義務(説明義務)に違反する違法なものであるかどうかについて検討するに、本件取引の経過、ワラントの特性等前記一及び二認定の事実を総合すれば、以下のようにいうことができる。
(1) 第一審被告永見は、本件取引に先立ち、ワラント取引とは新株引受権の権利の売買であり、新株引受権というのは一定の価格で一定の数量の株式を一定の期間に購入できる権利であること、特色として株式の何倍もの上下があるハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になってしまうことなどワラント取引についての一応の説明をしているが、具体的な資料を交付して説明したとは認められず、かつ、右の説明以上に、ワラントが権利行使期間前にも無価値になる場合がある(権利行使期間経過前でも、株価が権利行使価格を下回り、かつ、同期間が短くなったワラントは売却が極めて困難となる。)こと、また、ワラントの価格がいかなる要因に基づき、どのように形成されるのか、その価格変動予測の困難性等について全く説明しなかったし、その際には、第一審原告がワラント取引に応じるまでには至らなかったものである。そして、本件取引の開始(住友化学ワラントの買付)に当たって、雅子に対して電話で勧誘しただけであり、しかも、ワラント取引についての説明書の交付及び確認書の徴求をしておらず、右確認書を徴求したのは、半年以上経過した後の二回目の取引である荏原製作所ワラントを買い付けた後の昭和六三年四月一九日に至ってからであり、しかも、その際に、ワラント取引について具体的説明をしたとは認められない。
また、第一審被告永見は、個々のワラント取引においても推奨する銘柄を自ら定め、これについて極めて簡単な説明をしたにすぎない。
(2) 第一審原告(雅子)の投資傾向は、投資信託を基調とする比較的安定した堅実なものであり、また、それまで第一審被告会社担当者に実質的に一任するような形で証券取引を行っていたものであり、そのことを第一審被告永見は、十分に承知していたのであるから、そのような顧客に対してワラント取引を勧誘するに当たっては、ワラントが従前の商品と異なり、危険性が極めて高い商品であることを説明し、十分な理解を得るべきであったが、被告永見の説明は前記程度のものにすぎず、説明自体不十分であったものと認められ(第一審被告永見においても、説明が十分でなかったことを認める供述をしている。)、かつ、本件取引経過からすれば、第一審原告(雅子)の右理解は不十分であったことが明らかである。
(3) 右に加え、第一審原告(雅子)は、それまで第一審被告会社担当者から言われるままに証券取引を行っていたのであるから、ワラントの商品特性に照らし、そのような顧客に対しては、ワラント取引が自己の判断と責任においてされるべきことを周知徹底し、その理解を得た上でワラント取引の勧誘をすべきであったにもかかわらず、第一審被告永見は、そのような説明を全くしなかったもので、その結果、実際上も、雅子は、従前の証券取引と異なる商品であることを全く理解しないまま本件取引を行っていたものである。
(4) さらに、第一審原告(雅子)がワラント取引によって多額の損失を出しながらも取引を継続したのは、第一審被告永見において、後の取引を継続するに当たって、前の取引の大部分で損が出てこれが累積していることを伝えていなかったためと認められるところ、このようなワラント取引を継続することを勧誘するには、再度ワラントの商品特性について説明して、ワラントについての理解を得るとともに、それでも取引の意思があるかどうかを確認すべきところ、第一審被告永見は、本件取引開始後は何ら右説明等をしていない。
(三) 以上のとおり、第一審被告永見は、第一審原告(雅子)に対し、本件取引に先立ってワラント取引についての一応の説明を行ったにすぎないもので、ワラント取引を勧誘し、開始するに当たって及びその後ワラント取引を継続するに当たって必要な注意義務(説明義務)を怠ったというべきであり、本件取引における第一審被告永見の勧誘行為は説明義務に違反した違法なものとして不法行為を構成するから、本件取引により第一審原告に生じた損害について賠償すべき責任を負うものであり、第一審被告会社は、第一審被告永見の使用者として、第一審被告永見の不法行為について、第一審被告永見と連帯して損害を賠償すべき責任(使用者責任)を負うものである。
4 誠実・公正義務違反
証券取引法に第一審原告主張の趣旨の定めがあるが、本件取引が無断売買、背任的取引とは認め難いことは前記1及び2説示のとおりであり、第一審被告会社から第一審原告に対しワラントの買付及び売却の都度遅滞なく外国証券取引報告書を送付したほか、口座明細報告書等を送付していたことは前記一認定のとおりであるから、第一審被告らがことさらに第一審原告(雅子)に対して損失状況を秘匿しようとしたとは認めることはできない。また、第一審原告の第一審被告会社との取引が雅子を通じて行われていたことは、もっぱら第一審原告と雅子の判断によるものであり、第一審被告永見において、警戒心の薄い雅子を利用して必要書類等への署名、押印をさせたものでないことは、前記一認定事実に照らし明らかであるし、第一審被告永見において、ワラント取引によって利益を上げることが困難な状況にあることを知りながら本件取引をさせた事実も認められない。
したがって、第一審原告の誠実・公正義務違反の主張は採用できない。
四 損害について
1 本件取引による損害額
前記のとおり、第一審原告は、本件取引によって権利行使期間を経過して損害が確定した小松製作所ワラント一三万七七〇八円及び日商岩井ワラント四三万二九〇〇円の各購入代金相当合計額五七万〇六〇八円と、その余のワラント取引の売買差損四七六〇万四二〇四円から売買差益三六〇万四三六七円を控除した四三九九万九八三七円の合計額四四五七万〇四四五円の損失を受け、右損失額に相当する損害を被った。
2 慰謝料
第一 審原告は、本件取引が違法であったことにより精神的苦痛を被ったとして慰謝料二〇〇万円を請求するが、本件取引によって第一審原告が被った損害は財産上のものであり、本来、財産上の損害は財産上の請求によって回復されるものであり、精神的損害の賠償は、財産上の損害の回復のみでは回復し得ない特段の事情がある場合に考慮すべきものである。本件において、第一審原告の主張する精神的苦痛は、財産上の損害の賠償を受けることによって同時に償われる性質のものであり、右特段の事情は存しないから、第一審原告の慰謝料請求は認められない。
3 過失相殺
本件取引の勧誘に当たって、第一審被告永見のワラント取引についての説明義務が不十分であったことは前記説示のとおりであり、第一審原告(雅子)としてなし得ることはそれに応じて限定されるとしても、前記説示のとおり本来証券取引は投資家が自己の判断と責任において行うべきものであるところ、前記一認定の事実によれば、第一審原告(雅子)は、本件取引に先立ちワラント取引についての一応の説明を受け、個々の取引においても連絡を受けていたもので、さらに、第一審被告会社から取引に係る種々の書面(ワラント取引についての説明書面を含む。)が送付されていたのであるから、第一審被告永見により詳しい説明を求め、また、右書面を検討して第一審被告会社に問い合わせをするなどすれば、本件取引の具体的内容を把握し、ワラント取引の危険性等について理解を深めることが可能であったし、また、それによって損害の拡大を阻止することも可能であったということができる。
そうすると、第一審被告永見に勧められるままにいわば一任的に本件取引を継続していた第一審原告及び雅子(雅子についての事情は、第一審原告側の事情として斟酌すべきである。)には、本件取引に係る損害の発生及び拡大について相当程度の落ち度があったというべきであり、第一審被告永見の勧誘行為の違法性の程度その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として第一審原告の被った損害額の三割を減ずるのが相当と認める。
したがって、右過失相殺後の損害額は、三一一九万九三一一円(円未満切捨て)となる。
4 弁護士費用
第一審原告が本件訴訟の提起・追行をその訴訟代理人らに委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件事案の内容、請求認容額等本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、第一審原告が第一審被告らに賠償として求め得る弁護士費用相当損害金は、三一〇万円を相当と認める。
そうすると、右3の過失相殺後の損害額に右弁護士費用相当損害金を加えた損害額は、三四二九万九三一一円となる。
5 附帯請求
遅延損害金の附帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害の発生日と解されるところ、売却済みのワラントについては、ワラント売却日が損害発生日となるが、売却しないで権利行使期間を経過して無価値となったワラントについては、その権利行使可能期間の経過によって権利行使が不可能となり購入額全額が損害として確定的に発生したとみるべきである。そうすると、売却しないで権利行使期間を経過した別表65の日商岩井ワラント取引に係る後記損害を除いた本件取引による損害三〇八九万六二八一円(三割の過失相殺後のもの。円未満切捨て)及び弁護士費用相当損害三一〇万円(遅くとも本件不法行為による最後のワラント買付日である平成三年三月一三日には発生したと解される。)の損害合計額三三九九万六二八一円に係る附帯請求については、第一審原告請求日から認めることができる。そして、乙三〇によれば、右日商岩井ワラントの権利行使最終受付日は平成五年二月一〇日であることが認められるから、右ワラント取引による損害三〇万三〇三〇円(購入額四三万二九〇〇円から三割の過失相殺)に係る附帯請求については、第一審被告会社については同月一一日から、第一審被告永見については第一審原告請求日から認めることができる。
五 よって、第一審原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があり、その余は理由がないところ、これと異なる原判決は相当でないから、第一審原告の本件控訴に基づき原判決を主文第一項1及び2のとおり変更し、第一審被告らの本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官原健三郎 裁判官伊藤紘基 裁判官杉山正己)